69:猫語が通じない
前回のこの欄で、妻が猫の言葉を習得したようだと書いた。
僕はいまだに半信半疑ではあるが、確かに「お菊」および近所の猫たちに対しては、妻の猫語は通用しているようにも見えた。
先日も散歩の途中で前方に猫の姿を認めた妻は、例によって「にゃー、にゃー」と猫語で話しかけた。すると猫はいつものように、「にゃー、にゃー」と鳴きながら妻に歩み寄って来た。そして、尻尾をピンと真上に立て、妻の脚にすりすりと身体を擦りつけ始めた。
妻の猫語に反応したのは、実はその猫だけではなかった。妻が「にゃー、にゃー」と鳴いた瞬間、すぐそこにあった家のカーテンがもそもそと動いた。そして、その隙間からその家の猫が窓ガラス越しに妻を見つめ、「にゃー、にゃー」と返事をしたのである。
「ほら、通じるでしょう?」
そう言うと、妻は得意げに笑った。
うーん。やはり妻はいつの間にか、猫語を習得したのかもしれない。
ちょっと悔しかったが、僕もある程度は認めないわけにはいかなかった。
さて、僕は先月の初めに、「取材旅行」と称して、妻とふたりでテニアン島に行った。広島・長崎に原子爆弾を投下したB29爆撃機が離陸した島として歴史に名をとどめてはいるが、人口3000人ほどの何もない島である(その島に行くためには、サイパン島から6人乗りの小さなセスナ機に乗るしかありません)。
テニアン島にはホテルらしいホテルはひとつしかなく、僕たちはそこに宿泊していたのだが、そのホテルの広大な庭にはたくさんの猫たちがうろうろしていた。大きな猫たちもいたし、生まれたばかりみたいな子猫もたくさんいた。
猫たちを目にした妻は大喜びである(かつて犬派だった妻は、僕より先に猫派に転向しました)。
さっそく「にゃー、にゃー」と自慢の猫語で話しかけ始めた。
が、しかし……日本では、あれほど妻の「にゃー、にゃー」に反応した猫たちが、まったく見向きもしない。まるで聞こえていないかのように、完全無視である。
焦った妻は、さらに「にゃー、にゃー」とやった。
だが、結果は同じ。完全無視である。
「どうして通じないのかしら? こっちの猫は耳が遠いのかしら?」
妻は悔しそうに首を傾げた。
その事実に対して、僕はふたつの仮説を立てた。
そのひとつは、「猫語はその地域によって異なる」というものである。
つまり日本語や英語やフランス語やドイツ語があるように、猫の言語も地域によって大きく違うということである。
ふたつ目の仮説は、「猫語に反応するのは、飼い猫だけである」というものである。
日本でも、時には妻の「にゃー、にゃー」に、まったく反応しない猫がいる。そういう猫は野良猫で、妻の「にゃー、にゃー」に反応するのは、すべて飼われている猫、つまり人に懐いている猫なのだという仮説である。
僕はこちらが有力だと考えている。
どちらにしても、テニアン島で猫どもに無視され続けた妻は落胆し、自信を喪失した模様である。帰国してからは、一段と猫語の修練に力を入れている。
読者のみなさま、いつもバカバカしい話になってすみません。それにしても、猫語なんて本当に存在するんでしょうかね? にゃーお。
追伸:今回は「お菊」ではなく、アメリカの妹夫婦の家にいるヒカルの写真です。ヒカルは現在、体重5キロ。厳しいダイエットにもかかわらず、体重は減りません。相変わらず人なつこくて、同じマンションのアメリカ人たちからは「犬みたい」と言われて、可愛がられているようです。ヒカルについては、このコーナーの「55」「56」「57」に詳しく書かれています。



