55:ヒカル参上!!
僕の妻は秦野中井の「ピースハウス」というホスピスで、土曜日ごとにボランティアをしている。
広大な自然の中に立つピースハウスは、末期癌患者が「より人間らしく生の時間を終えるための施設」であり、その外観は病院というよりは洒落たリゾートホテルのようである。
さて、1ヶ月ほど前から、そのピースハウスに1匹の野良猫が住みつくようになった。
妻の話によると、黒くて痩せたオス猫で、異様なまでに人なつこいということだった。
「きっと、誰かに飼われてたのよ」
妻はそう断言した。
ピースハウスの職員やボランティアスタッフは、基本的にはみんな優しい人たちなので、いつしか、その黒猫に餌をやるようになった。そして、みんなでその黒猫の里親探しを始めた。
だが、黒猫の里親はなかなか見つからなかった。
そんなある日、妻が急に「うちで飼わない?」と僕に提案した。
もちろん、僕に異存はない。
「いいよ。飼おうか」
僕は同意し、すぐにふたりでピースハウスに黒猫の捕獲に向かった。
冷たい雨の降る日曜日の午後だった。だが、ふたりで手分けしてピースハウスの広大な敷地を随分と探したにもかかわらず、その黒猫を発見することはできなかった。
職員たちが黒猫にこっそり餌を与えるために使っていたアルミの皿が、雨に打たれているだけだった。
「しかたない。帰ろう」
僕たちは捜索を諦めて自宅に戻ろうとした。
だが、その直後に、黒猫はいなくなってしまったのではなく、見るに見かねたピースハウスの調理師の女性が自宅に連れ帰ったのだということが判明した。その女性の話によると、数日前に調理場に姿を現わした黒猫が、背中に怪我をしていて、その傷が膿んでいたので、たまらずに捕獲して動物病院に連れて行ったということだった。
だが、その人の家にはすでに猫が2匹もいて、飼うことが難しいという。それで、予定通り、僕たちがその黒猫を引き取ることになった。
それから数日後、僕たちはその調理師の女性から黒猫を受け取った。上品で美しい黒猫で、そのほっそりとした体つきは猫というよりサラブレッドのようだった。「綺麗な猫だなあ」
思わず僕は言った。手足がながくて、すらりとしたその姿に僕は一目惚れしてしまったのだ。
黒猫には妻が「ヒカル」という名前を付けた。
それは、僕のデビュー作「履き忘れたもう片方の靴」の主人公であるシーメールの少年の名前である(黒猫はオスですが、近く去勢してシーメールになります)。
だが、それからが本当に大変だった。
先住猫である「お菊」のやつが、猛烈に威嚇して、どうしても「ヒカル」を受け入れようとしないのだ(「お菊」の性格の悪さには驚きました)。その後、いろいろなことがあり(本当にいろいろなことがありました。ヒカルを飼うと申し出ていただいた読者のみなさま、ありがとうございます)、ヒカルは現在、町田市に住む妹の家にいる。たまたま我が家を訪れた妹の娘(10才)がヒカルに一目惚れし、自宅に連れ帰ってしまったのだ。
Diaryにも書いたように、妹夫婦はまもなく渡米する。それで、ヒカルも妹夫婦と一緒にアメリカに行くことになった。
ただの野良猫だったのに、思えば、数奇な運命である。今の僕にできることは、ただ、ヒカルの幸せを願うだけである(ヒカルの写真はここにはないので、すぐに撮影して、来月にはみなさまに公開します!!)。
それにしても・・・「お菊」のやつ。どうしてこんなに性格が悪いんだ!! 僕は呆れたよ。にゃーお。




