49:久しぶりの散歩
11月も終わりに近づいた、ある雨上がりの午後、不妊治療に失敗した僕たち夫婦は、気分転換に紅葉でも見ようと、秦野にある県立戸川公園に行った。戸川公園は「風の吊り橋」と呼ばれる巨大な吊り橋で有名な、自然いっぱいの大きな公園で、園内には水無川が流れている。
「お菊」は外は嫌いなのだが、たまには日光浴もいいかと思って無理やり連れて行った。
「さっ、久しぶりのお出かけだよ」
僕はクルマの助手席に座り、「お菊」を膝の上に抱いた。運転は妻が担当した。
が、しかし・・・「お菊」のやつは、まったく楽しくなさそうで、僕の膝の上でぶるぶると震え続けていた。さまに「借りて来た猫」である。
公園に着き、クルマを降りると、予想どおり「お菊」は僕の身体にブローチのようにしがみついてしまった。
「お菊」の体重は3キロ半ほどでしかない。それでも、ひとりでずっと抱いていると、それなりに疲れる。
しかたなく、妻と僕は交替で「お菊」を抱いて(というか、「お菊」にしがみつかれながら)、広い公園内を歩き回った。
雨上がりのせいで、空気は湿っていたけれど、風は生ぬるくて気持ちが良かった。辺りに迫った丹沢の山々は、美しい紅葉に彩られていた。「風の釣り橋」の上からは、水無川下流に広がる町々が一望できて素晴らしかった。
「綺麗ね」
妻が言い、「そうだね」と言って僕は頷いた。
不妊治療は失敗に終わったが、また、ふたりの暮らしが続くというだけのことだ。悲しむことなど、何もない。
それなのに・・・「お菊」のやつは妻や僕の肩に顔を埋め、辺りの美しい景色を見ようともしないのだ。
「おい、ちょっとは景色を見ろよ」
僕が言うが、もちろん、「お菊」は顔を上げもしない。
ブタに真珠。猫に小判と紅葉。
「お菊」を連れて散歩に行くのは、お互いに疲れるだけで、いいことは何ひとつない。
今後は猫を連れて外を散歩するのはやめることにした。
おまけに、帰宅したら、妻も僕も猫の毛だらけで、ガムテープとコロコロのお世話になって大変でした。やれやれ。にゃーお。




