40:きのうの晩のこと
2月26日の晩、いつものように煙草を吸うためにベランダに出た。そうしたら、雨が降っていた。
暖かで静かな、春の雨である。
戸外には、雨に濡れた土のにおいが満ちていた。その素敵なにおいを室内に入れるために、僕は窓をいっぱいに開け放った。それから湿ったベランダにしゃがみ、雨のにおいを嗅ぎながら、ゆっくりと煙草をふかした。
ふと、気配を感じて振り返る。
すると、僕のすぐ脇に「お菊」がしゃがみ、潰れた小さな鼻をひくひくと動かして、僕と同じように夜の闇を見つめながら雨のにおいを嗅いでいた。
「どうした?」
僕は「お菊」に話しかける。
「お菊」は僕を一瞥し、眩しそうに目を細める。それからまた、夜の闇を見つめ、雨のにおいを嗅ぐ。
そんな「お菊」を眺めつつ、僕はゆっくりと煙草を吸い続けた。そして・・・つくづく、「お菊」をいとおしいと思った。同時に、自分を幸せだと思った。
そう。「お菊」はとてもいとおしかった。そして、そんな「お菊」がそばにいる僕は、とても幸せだった。
ああっ、いつまでもいつまでも、こんな時間が続くといい。いつまでもいつまでも、「お菊」がそばにいてくれるといい。
けれど、僕にはわかっている。
「お菊」はいつか死に、この地上からいなくなるのだ。そして、「お菊」を見送った僕や妻もまた、やがて死に、この地上からいなくなるのだ。
それは考えるだけで恐ろしいことだが、誰にも、どうすることもできない。
いつか、その時が来る。だからこそ、この瞬間を噛み締めなければならない。ここに当たり前に「お菊」がいて、その向こうに当たり前に妻がいるこの瞬間を、しっかりと噛み締め、心に刻み付けなければならない。
昨夜、1本の煙草が燃え尽きるまでのあいだに、僕はそんなことを考えていた。
今回はセンチメンタルな文章になってしまいました。ごめんなさい。にやーお。



