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かつて我が家には、「うず子」というウズラがいた。妻が縁日のくじ引きで、可愛らしい縞模様のウズラのヒナを引き当てたのだ。
縁日の屋台のウズラなんて、オスばかりだと聞いていたので、最初は「うず男」という名前にしていた。
だが、ある日、鳥かごの中にウズラの卵が転がっていて、メスだということが判明した。
それからの「うず子」は、3年近くにわたり、ほとんど毎日のように卵を産んだ。妻はウズラの卵を、「気持ち悪いと」言って食べなかったので、僕は毎日のようにそれを食べていた。
「うず子」はとても可愛らしいウズラだった。妻や僕によく懐いていて、家の中ではいつも、僕たちの後を付いて来た(僕たちはたいてい、「うず子」を放し飼いにしていた。当時、我が家にいたパグ犬のピーナッツは、とてつもなく臆病で、自分より遥かに小さい「うず子」を怖がったので、放し飼いにしておいても危険はなかったのだ)。
僕たちは「うず子」と一緒にいるのが楽しくて、公園にまで「うず子」を連れて行った。「うず子」を連れて国内旅行に行ったこともあった。
だが、その「うず子」も、随分と前に死んでしまった。
妻と僕は鳥が好きなので、いつかまた鳥を飼おうと考えていた。家の中を鳥が舞っているような暮らしに憧れていたのだ(「うず子」は歩くだけで、ほとんど飛びませんでした)。
けれど・・・・「お菊」が来てからは、その望みを諦めなくてはならなかった。
そうなのだ。「お菊」はとてもバカな猫だから、妻や僕の言うことなんか、絶対にきかないのだ。だから、もし鳥を飼ったら、襲いかかって殺してしまうに決まっているのだ。
そんなわけで、「お菊」がいるうちは、鳥を飼うのは無理だろうな、と考えていた。
だが、この冬、ついに僕たちの望みがかなった!!
鳥を飼ったわけではない。庭に野鳥たちが集うようになったのだ。
きっかけは、妹の夫が残していった野鳥の餌台だった。小学校と我が家を隔てる軍事境界線のフェンスの上に、それはある。
ある日、僕は何気なく、パンの残りをそこに置いてみた。すると、たちまち野鳥が群がるようになった。
それが嬉しくて、嬉しくて、それからの僕は、一日に何度も餌台にパンくずを置いた。パンがなくなると、お米を蒔いた。果物が好きな鳥たちのために、バナナやみかんも置くようになった。
スズメ、ヒヨドリ、メジロ、ツグミ、シジュウカラ、ヤマバト、ムクドリ・・・カラスまでがやって来る。その餌の消費量は凄まじいもので、やがて僕はスーパーマーケットで鳥たちの餌を買うようになった。鳥たちのためにバナナやみかんまで買うようになった。
最初の頃は、餌台に群がる鳥たちを見るのがとても楽しみだった。
妻も「なごむわね」と喜んでいた。
僕は群れでやって来るスズメが特に好きだが、妻は単独行動のツグミを愛しているようだった。
そう。最初の頃、餌台に群がる野鳥たちは、僕たち夫婦に幸せをもたらしてくれたのだ。
けれど・・・時間がたつうちに、一日に何度も餌をやり続けるという行為が、だんだんと義務化して来て、負担に感じられるようになった。
めんどくさいなあ・・・という感じである。
さらに鳥たちのための餌代もバカにならない金額になって来た。とにかく鳥たちはよく食べるのだ。餌を蒔いても蒔いても、あっという間に食べ尽くしてしまうのだ。
でも、もし、僕が餌をやらないと、それを当てにして来ている鳥たちが餓死するかもしれない。
そんな強迫観念に駆られて、僕は毎日、4度も5度も庭に出て餌をやっている。本来なら、こんな真冬の季節は妻とふたりで南の島に逃げ出すのだが、鳥たちのために今年はそれもせず、ひたすら野鳥に餌をやり続けている。雨の日にも傘をさして、一日に何度も餌をやる。
「鳥に振り回されて、バカみたい」
妻は笑うが、しかたがない。鳥たちを餓死させるわけにはいかない。
はい。そんなわけで、こうしてパソコンに向かっている僕の後ろでは、今も鳥たちが集っているのです。そして、僕は数分後にはまた庭に出て、新しい餌を蒔くのです。ふう。疲れる。
今年はこんな冬を過ごしております。やれやれ。

