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少し前の夕方、角川書店の担当の時岡さんから電話が来た。
「大石さん、きょうは嬉しいお知らせです」
何だろう?
僕は受話器を握りしめ、アルカイダのビンラディンにそっくりな時岡さんの顔を思い浮かべながら、次の言葉を待った。
「『檻の中の少女』第二刷、5,000部の増刷です」
ああっ、ついに増刷になったか・・・。
受話器を握りしめたまま、僕は安堵の溜め息を漏らした。
そう。前にも書いたように、本の増刷の知らせが来た時は、「嬉しい」というより「ほっ」とする。
それは、一塁のランナーを送りバントで二塁に進めることに成功したあと、ほっとしながらベンチに戻るバッターの気持ちと同じようなものである。あるいは、サッカーのPK戦で、ボールをゴールマウスに蹴り込むことに成功した選手の気持ちに近いかもしれない。
義務を果たした・・・そんな感じだ。
少なくとも、初版を売り切るというのは、プロの作家としての義務だと僕は思っている。本が売れ残って出版社に迷惑をかけるのは嫌なのである。
「そうですか。ありがとうございます」
受話器を握りしめたまま、僕は時岡さんに頭を下げた。
「でも、大石さん、実は増刷になるのはそれだけじゃないんですよ」
「えっ、まだあるんですか?」
「はい。まだまだあります」
そう言うと、時岡さんは、『檻の中の少女』と一緒に増刷になる本の名を、次々と告げた。
そうなのだ。その晩、時岡さんは増刷になる予定の本の名を、いつまでもいつまでも言い続けたのである。
『アンダー・ユア・ベッド』、『殺人勤務医』、『自由殺人』、『湘南人肉医』、『死者の体温』、『処刑列車』、『復讐執行人』、『飼育する男』、『呪怨パンデミック』。
なんと!! 一挙に10冊もの増刷である!!
今までに2冊同時の増刷ということは何度かあった。3冊同時の増刷のことも、1度だけあった。だが、もちろん、10冊同時は初めてのことである。
1冊でも安堵なのに、10冊とは・・・あまりに安堵したために全身の力が完全に抜けてしまい、僕はふにゃふにゃになってしまった。
「ありがとうございます」
僕は時岡さんにまた頭を下げた。
けれど、実は僕が本当に頭を下げなければならない相手は時岡さんではない。
僕は読者のみなさまにこそ、頭を下げるべきなのだ。
みなさま、こんな僕の本を読み続けていただいて、本当にありがとうございます。これからも必死で書きますので、ぜひ、見捨てないでください。

