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KC270051
少し前のことである。
新聞を広げていたら我が家のものとそっくりなオーブンレンジの写真が載っていた。
どうやら、そのオーブンレンジには構造的な欠陥があるらしく、使っているうちに発火する恐れがあるのでメーカーがリコールするということだった。
公表されていた商品番号を見ると、やはり17年以上にわたって使い続けている我が家のオーブンレンジと同じ型である。
うーん。いつか発火するかもしれないのか・・・。
だが、放っておくことにした。もし発火したら、火を消し止めればいいだけのことだ。
けれど、やがて、購入した電器店から電話が来た。
電話に出た僕に、電器店の店員は「ずーっと昔の商品なんで、もうないですよね?」ときいた。
「ありますよ」
僕が言うと、若い店員はとてつもなくびっくりした声を出した。
「えーっ!! まだ使ってらっしゃるんですか?」
「はい。現役バリバリで大活躍しています」
そう。妻が嫁入り道具として持って来た電化製品は、冷蔵庫も洗濯機も、このオーブンレンジもみんな元気一杯である。
で、店員は3つの選択肢を提示した。
1.無料修理。
2.1万6,000円程度の新品と交換。
3.1万円で買い取り。
僕は迷わず修理を選んだ。
その選択に店員はまた、とてつもなくびっくりした。
「えーっ、そんなに古い製品をまだ直すんですか? この際だから買い替えたほうがいいですよ。直してもどうせ、すぐに壊れるかもしれないし」
僕は少しカッとした。そんなことを言われる筋合いはなかった。
妻と僕はそのオーブンレンジをとても大切にしていた。可愛がってさえいた。もっと言えば、そいつは家族の一員みたいなものだった。
そのオーブンレンジは我が家の電化製品の中では、いちばんの働き者だった。そいつが働かない日は、ほとんど1日もなかった。
僕は料理はできなかったが、オーブンレンジの担当だけは僕がしていて、いつだって妻の求める温度にオーブンを調節し(アナログなので熟練を要する)、電子レンジとして使う時も、いつも僕が担当していた。掃除だって、いつも僕が丁寧にしていた。
我が家は白ワインに合うオーブン焼きやグラタンみたいな料理が多かったし、魚も肉もたいていはそのオーブンで焼いた。ご飯だってそれを使って炊いた。妻はしばしば、そのオーブンレンジでパンやケーキを作った。
「死者の体温」の安田裕二がそうだったように、僕はモノを捨てるのが嫌いだ。たとえどんなモノであったとしても、そのモノとの出会いを「一期一会」のように感じてしまうのだ。人生のふとした切っ掛けで巡り会った、かけがえのない友人のように思ってしまうのだ。
そんなわけで、修理を頼もうとしたのだが、困ったことがひとつあった。修理には最低でも3週間、もしかしたら1ヶ月近くかかるというのだ。
それは困る。3日なら何とか我慢しても、そんなに長いあいだ、オーブンレンジなしでは暮らすことができない。
妻と相談を重ねた結果、しかたなく、1万円を受け取って引き取ってもらうことにした。
電話をすると、すぐに電器店の店員がやって来た。
「綺麗に使ってたんですね」
感心したように店員が言った。
そう。僕は使い終わるたびにそれを必ず掃除をしていたのだ。オーブンとして使ったあとは、熱いだろうと思って、いつも蓋を開けて冷やしてやっていたのだ。
簡単な手続きのあとに、電器店の店員は1万円札を置いて、代わりに我が家のオーブンレンジを引き取っていった。あとにはオーブンレンジが置いてあった空間だけが残った。
何だか、ひどく寂しかった。泣きそうにさえなった。
笑ってしまいますよね? 僕はこういうセンチメンタルな男です。
ああっ、あのオーブンレンジは今ごろすでに、解体されてしまったのだろうか?
ところで、我が家では現在、妻が不妊治療の一環として体外受精を繰り返し試みております。今年の10月で45才になる妻がもし出産まで漕ぎ着けると、体外受精としては少なくとも国内で最高齢になるようです(担当医談)。
まあ、可能性はゼロに限りなく近いのですが、横浜市の青葉台駅近くにある不妊治療専門のクリニックに、ふたりでせっせと通って頑張っております。
それにしても、「処刑列車」で不妊治療専門医を、「殺人勤務医」で人工妊娠中絶専門の医師を書いていた僕が、実際にこんな目に会うとは・・・人生は不思議です。
この不妊治療については、成功しても失敗しても、いずれ何らかの形でご報告したいと考えております。

