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横浜市瀬谷区にある横浜甦生病院のホスピスに入院していた父が、3日間の昏睡状態の末に5月7日の朝、ついに死んだ。
前の晩からホスピスに泊まっていた親戚たちが、いったん帰宅するのを外まで見送った直後に、妹が父の呼吸が止まったと慌てた様子で呼びに来た。僕が急いで病室に戻ると、父はもう呼吸をしていなかった。だが、まだ心臓は動いているという。
僕は父の額に手を乗せ、「おいっ、しっかりしろよっ」と声をかけた。すると、父はそれに応えるかのように、もう1度だけ、首を反らすようにして大きく息を吸った。
ハァーッ、フーッ。
それが、父の74年4ヵ月の生涯で最後の呼吸だった。
看護婦が「しばらくご家族だけで」と気をきかせて病室を出て行った。僕は妻や母、弟や妹たちと父の死体を囲んだ。みんな呆然としていた。あれほど元気で、うるさい人だったのに、その最後はとても呆気ないものだった。
父の体はまだ熱いほどだったが、首筋に触れると、いつのまにか脈はなくなっていた。禿げかけた父の頭を母が両手で包むようにして涙を流していた。母が泣いているのを見るのは初めてだった。
「お日さまが好きな人だったから」と、母が窓のカーテンを開けた。よく晴れた朝だった。初夏の太陽が病室に深く差し込み、父の死体を照らし出した。やがて、病室に医師と看護婦がやって来て、医師が父の死を宣言した。まだ若い看護婦は泣いていた。
看護婦は泣きながらも父の体を拭き浄め、父のお気に入りだったシャツとジーパンに着替えさせてくれた。それで父は、久しぶりに父らしい姿に戻った。気温が高いせいか、父の体はいつまでも温かいままだった。それが悲しかった。
朝の光の中で、僕はT字カミソリで父のヒゲを剃ってやった。父のヒゲを剃るのは昭和大学藤が丘病院に入院中に続いて2度目だった。前回はひどく手間取ったが、2度目のせいか、それとも死体は動かないせいか、前回よりずっと手早く、綺麗に剃れた。
今まで僕は人が死ぬ場面をたくさん書いてきた。だが、実際に人が死ぬ瞬間を見るのは初めてだった。
父が死んでから2日。僕はまだ、小説を書いていない。だが、次に人の死を小説に書く時、何かが変わるのか、それとも何も変わらないのか・・・それは僕にもわからない。
こうしている今も、僕は父の最後の呼吸音を思い出している。
ハァーッ、フーッ。
人は本当に、信じられないほど、呆気なく死んでしまうのだ。

